2015年10月02日更新
「まち」を「つくる」:COMICHI石巻 ー災害後のまちづくりを考える
被災、という言葉と、復興という言葉。防災ということを考えるにあたって、直後の災害対応について考えるだけでなく、より長い時間軸、人や街や共同体が新しい姿を模索していくことを中長期的な視点で捉えることは、このユレッジというプ…
2014年05月22日
取材:葛原 信太郎
まともに呼吸ができないほどの強烈な悪臭を、嗅いだことがありますか?
僕は今まで二度嗅いだことがあります。一回目は、フィリピンのマニラにあるゴミ山。そこにはスカンベンジャーと呼ばれる人たちが住み、そこに集まるゴミから資源になりそうなものを回収し、業者に販売することで生計をたてています。生ごみもプラスチックもすべて一緒に積み上げられたそのゴミ山が放つ悪臭は精神が正常でいられるレベルではなく、そこで生活をするという状況が全く信じられませんでした。
二回目はどこかというと、それは日本です。2011年のゴールデンウィーク。東日本大震災のボランティアで訪れた石巻市の港エリアでした。水産加工工場が立ち並んでいたその場所は津波によって破壊しつくされて、大量の魚肉が放置されていました。震災から二ヶ月が経とうとするタイミングでは当然腐っています。腐った魚肉を大量のかもめが突っついていて、ヒッチコックの「鳥」さながらの恐怖でした。あの時に悪臭、大量のかもめの姿とその鳴き声、そしてあたりの壊滅してしまった工場群、あの時のことは強烈に心に残っています。
ひとたび災害が起きれば、そこは日本であっても日本でないような状況下に置かれます。お金を出せば必要な物が買える、蛇口をひねれば水が出る、トイレを流せば下水処理される。そんな常識はどこかに消えてしまう非常事態。そんな世界をサバイブするにはどんなことが必要になるのでしょう?
今回話を伺う徳島泰さんは、青年海外協力隊員として、フィリピンのボホール島に派遣されている方。昨年フィリピンを襲った大地震の際には、自宅が全壊しながらも、被害状況をレポートにまとめて、日本政府の緊急支援の現地の取り回しを行うなど、大変活躍されています。
そんな彼が現地で行っているのは「FabLab」の立ち上げです。FabLabとは、「デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク」と定義されるもので、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた工場のこと。個人による自由なものづくりの可能性を広げるという目的のため、その利用に関しては広く市民が使えるようになっています。日本では、渋谷や鎌倉、大阪、仙台、大分と次々と新しいFabLabがオープンしていて、そのネットワークは世界中に広がっています。
「日本では、医療機器メーカーのプロダクトデザイナーとして働いていました。心電図計とか、骨密度計とかのデザインですね。日本の医療はとてもレベルが高いですから、たとえば98%治せる病気を99%治せるようするとか、そういうレベルに達していて、それってすごくお金がかかる。医療費は高くなる一方だけど、逆に病院にかかりたくてもかかれない人もいて、そういう人達に対して、医療におけるプロダクトデザインはあまり貢献できていないわけです。元々発展途上国の医療に関わりたくてこの業界に入ったのに、自分の中では納得出来ない部分があって。自分のデザインの力を使うべきところは別になるのではないかとの思いから、青年海外協力隊に参加することにしました。」
プロダクトデザイナーとして社会にどうやって貢献できるのか、その答えの一つとして浮かんできたのが、パーソナル・ファブリケーション(Personal Fablication)、つまり、人が本当に必要なものを自分で手作りするという考え方でした。フィリピンでは、災害で家が壊れても、ココナツなどの身近な木を切り、自分でセメントをこねて、家を直してしまう人も多い。ただ、ものづくりのレベルは低いので、災害に強いわけではありません。技術の底上げは必要ですが、そもそもFabLabの概念が人々にも取り入れやすい状況であったといえるでしょう。
「例えば、こちらでは下水処理が整っていないから、肥溜めに排泄物を流しています。各家庭のトイレから肥溜めまでパイプがつながっていて、そこで自然に分解されるのを待つという仕組みです。しかし、地震でパイプが割れたり肥溜めが壊れて、地下水に排泄物が浸透してしまうということが起きました。地下水が汚染されると、それを飲んでしまうことにより、病気が蔓延します。こんな時にFabLabがあれば、簡易トイレを作れるし、壊れた箇所を補修するパイプも生産可能でしょう。」
災害時には、お金があってもモノが買えない、いつも使っている設備が電気がなくて動かないといった状況に陥ります。そうなってしまったら自分に必要なものを自分でつくるしかない。それはまさしく市民によるプロダクトデザインです。もっと親しみやすい言葉で言えばDIY(Do It Yourself.)。このようなものづくりの地産地消は、地域の経済支援にもなります。頑張って稼いだお金で、外からものを買っていては地域の経済は回っていきません。稼いだお金で地域で生産したものを買うことで、そのお金は地域をグルグルとまわっていく。だからこそ、徳島さんはFabLab Bohol, Philippines.を設立し、途上国の開発としてFabLabのシステムを活用しようとしています。さらに興味深いのは、FabLabがもたらす本質的な社会変革。それは、一箇所集中型から複数分散型への移行です。
「今回のフィリピンの地震で大きな問題になったのは、地方の孤立でした。橋も道も破壊されて、現場に行くことができない。そうすると食糧や医療品のデリバリーもできないし、被害状況の把握もできない。そこまで大きな被害が出ていると、電気や水道も遮断されてしまっている可能性が高く、今回の地震では実際に全てのインフラが遮断されてしまう地域がいくつもありました。こういった状況にとことん弱いのが、一箇所集中型のシステムです。
大きな発電所から電線で電気を送るには電線が繋がっていないとできません。ゴミの処理も、収集車で集めて一箇所で処理するというやり方だと、道路が復旧するまでゴミが溜まり続けます。結果、不衛生な環境を引き起こし、伝染病などの病気を蔓延させる結果を招きました。
その逆が複数分散型システムですね。村レベルで管理できるインフラを設置する。そうすれば、たとえライフラインが絶たれたとしても、ある程度の必要なものは揃います。
こういった地域ごとにもつ小さなインフラ自体を、FabLabで作ることも可能です。水道設備を整えるために大きな工事をするのではなく、ろ過装置をファブラボで作って、地域の井戸に設置していく。小さい小水力発電装置を作って、地域の川に設置し、それで近所の電気を賄う。地域ごとに違うにあわせた細かなカスタムもFabLabなら対応できます。
さらに、ゴミ問題も解決できるかもしれません。今回の被災地には、支援物資がたくさん入ってきました。もちろんありがたいわけですが、同時に大量にプラスチックゴミを生み出します。そこに雨が降ってくぼみに水が貯まると、ボウフラが発生して、デング熱が蔓延するということが実際に起きました。ごみ処理を一箇所集中に頼っていると、収集されるまでゴミは溜まり続け、二次災害を引き起こしてしまうのです。そういった反省から、今はプラスチックゴミをリサイクルして、3Dプリンタ用のフィラメントとして活用する技術を慶應大学と共同研究をしています。材料をゴミから生み出すことで、材料すら自活することが可能になります。」
インフラの遮断から起こる地域の孤立。これは東北でも起きたことですよね。むしろ地方の過疎化、高齢化が進む日本のほうがより深刻かもしれません。地域にかぎらず起きうる災害時の事例。この点に関してもFabLabは、その世界中に広がるネットワークにより新しい希望を生み出します。例えばイタリアのとあるデザイナーが画期的なろ過装置を作ったとして、それをFabLabで作れるとしたら、そのデザインはネットワークで世界中にシェアされて、どの国のFabLabでも作ることができます。あなたがデザインした防災に関するアイデアや技術を世界の誰かのために活かすこともできるでしょう。徳島さんはFabLabのアジアネットワークの中心人物でもあり、5月2日〜7日にはボホール島で第一回目のFabLabAsiaのカンファレンスも開催されました。このアジアネットワークにより技術的に先を行く日本や台湾のものづくりを、東南アジアの生活改善にスムーズに応用することができますし、同じような条件の東南アジア同士がお互いに助けあうこともできるでしょう。(カンファレンスの様子はこちら)
FabLabを通じたプロダクトデザインが防災に果たすことのできる役割は2つ。それは「必要な物を自分でつくること」と「一極集中から複数分散に移行すること」です。そして、このキーワードは防災だけではなく、貧困削減や地域活性化にもつながる無限の可能性を秘めています。
ただ、いきなりものづくりと言われても今の日本人には難しいでしょう。僕も正直、難しいです。必要なものは買うということに慣れすぎてしまっているわけですから。東京が東京でなくなる日、東京を大地震が襲う日も、そう遠くない未来に来ると言われています。その時に自分がサバイブするため、大切な人を守るために、練習することが必要ですね。ファブラボを利用してみる。小さな規模で農業をはじめてみる。コンポストを利用してみる。日本が日本でなくなる日、あなたはどうサバイブしますか?
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