2013年04月30日

ジャーナリストの松村 太郎さんは、現在、アメリカ西海岸を中心に活躍されています。ユレッジには今年3月、被災地を取材したことを下地に、震災の記録と記憶の情報化について、またそこにある「学び」についての示唆をいただきました。

 筆者はジャーナリストとして、またITを活用した学びをデザインする立場として、日々の情報や体験に触れています。震災の経験と「次」への備えは、頭でっかちにならず、体験的に災害への対策を行うために、何が必要でしょうか。津波の被害が依然残る宮城県の太平洋沿岸の取材を通じて気づいたことをご紹介します。

東北の被災地を回って

取材の出発点、気仙沼市街。津波で打ち上げられた巨大な船と基礎のみが残る土地は、震災の爪痕を残す

取材の出発点、気仙沼市街。津波で打ち上げられた巨大な船と基礎のみが残る土地は、震災の爪痕を残す

 筆者は2013年3月、東日本大震災の被災地である宮城県の太平洋沿岸を取材しました。

 気仙沼から石巻まで南下しましたが、内陸部から海岸部へ出た瞬間に拡がる建物などの起伏のない土地を見て驚かされました。震災から2年たった今、がれきは片づきつつあり、所々にそれらが集められた山がありましたが、土地の基礎が残され、あるいは巨大な船や倒れたビルなどの構造物が残された状態は、「復興」への準備がやっと整いつつあるというのが実情であることを改めて認識することになりました。

 日本の小学校の社会科で誰もが習う東北地方の「リアス式海岸」という地形について習っているかと思いますが、あの地図で示された細かい凹凸のくぼみ1つ1つに街があり、その1つ1つが津波被害を受けていました。実際にその1つ1つの街を通っていくことで、リアス式海岸とは何か、そして津波に直面する東北地方太平洋岸で何が起きていたのかを深く理解することができました。

 「被災地」とひとくくりにしても、地震の揺れによる被害は等しく小さいながら、内陸と沿岸では状況が一変しており、必要な対策も1つ1つの街によって異なる難しい現状を突きつけられた格好です。

土地に残された記録と、人々の記憶

 実際に各街を回って、気づいたことがあります。それは、日本中のどの街にも必ずある神社の鳥居と社が、津波の被害を免れ、きちんと残っていたということです。もちろんところによっては、参道の階段の大半が津波で流されてしまっている神社もありました。しかし社はきちんと津波の水面の上に出るようにして、何かを訴えかけていました。

 神社はその成立によって作られる年代は様々ですが、長年その土地にあって地元の人々に祀られている存在です。つまりそこに住む人々の何世代分、あるいは十数世代分にも上る「その土地の記録」を残しているのです。そして神社は、「今回の震災も含め、過去の地震で神社の位置に津波は到達しなかった」ことを、今現在を生きている我々に伝えてくれているのです。

神社の多くは津波を免れており、.過去から今回の震災も含め「安全な場所」を教えてくれているようだ。

神社の多くは津波を免れており、.過去から今回の震災も含め「安全な場所」を教えてくれているようだ。

 特に、東日本大震災ほどの大きな規模の地震は、1000年に1回とも言われ、その体験の「記憶」を正確に語り継ぐのは難しいことです。また人が住んでいる地域に甚大な被害をもたらすため、何らかの文書のような「記録」の残し方では不完全と言えるでしょう。

 今回見つけることができた神社や、地域に残るお祭り、民謡などは、土地の記録や人々の記憶の両方に頼りながら、後の世代に伝えるべき情報を我々に教えてくれているのです。

ていねいに情報化する

 神社や民謡は、後世を守るために伝えるべき「情報」の伝達手段となっています。今回の東日本大震災を受けて、我々の世代も、こうした情報化に取り組まなければなりません。

 例えば、沿岸を走る国道はアップダウンを繰り返す道のりですが、上り・下りの度に「ここから先は津波が来なかった」「ここから先は水没した」という看板が立てられており、次の震災の際の避難に役立てられています。これは1000年前の神社と同じように、その土地の記録に目印を立てているのです。

国道沿いに立てられた、津波の推移。土地への記録は防災の重要な情報源となる。

国道沿いに立てられた、津波の推移。土地への記録は防災の重要な情報源となる。

 東日本大震災では、甚大な被害が東北地方から関東地方の太平洋岸全域というこれまでにない規模で起きた、「面」での災害であった点も見逃すわけにはいきません。今回筆者は気仙沼から石巻しか取材ができませんでしたが、この間にも、街の状況は様々です。

 つまり次の災害に備える土地の記録は、道路沿いの看板や神社といった手段だけでは不十分と言えます。地元の人たちと、考古学や地質学の専門家との対話によって、その土地にあった記録の残し方を模索し、いかに安全の確保に役立つかを個別に考えていかなければなりません。

 筆者はこうした情報を作り出して記録することを「ていねいに情報化する」と呼んでいます。

いかにして学びを得るか

 では、ていねいに情報化し、これを学びとして体得するにはどの様にすれば良いのでしょうか。

 前述の通り、筆者は言葉としての「リアス式海岸」を小学校の授業以来知っており、津波の被害についても知識はありました。しかし実際に津波が起きたときに何が起きるのか、人々はどうしなければならないのか、といった事は、今回の地震を体験し、また取材に行かなければ理解することはできませんでした。

 記録や情報を辿ることで、知識を得ることはでき、おそらく多くの人にとってその知識はあるでしょう。しかしこの知識と体験を組み合わせなければ、本質を理解し、いざという際に行動することにはつながりません。ましてや、災害への対策は体験してからでは間に合わないため、疑似体験が必要です。

 これを助けてくれるのが「観察」による追体験です。

 例えば自分の街で、細かい地形の特徴なども捉えながら、どんな場所から被害が拡大したか、どんな場所にいると被害を免れやすかったか、と言った事を、神社や道標などを手がかりにしながら歩いて観察し、自分の土地での被害の特徴やパターンを発見することが大切です。

 これは地震による津波だけでなく、気象による災害や、火災などにも同様のことです。何か大きな災害だけでなく、日々の雨による川の増水や、危険を感じる雨の降り方など、日常の生活の中での現象と感じる怖さといったもを観察しながら、過去に起きた出来事と組み合わせていく、アクティブな学びが求められます。

デジタルの手段と、アナログの手段をバランス良く

 既にある知識と観察による追体験は、特別な授業やワークショップに頼らず、日常生活の中でも十分に得ることができる学びと備えです。知識を得たり、学びを記録する手段として、パソコンやスマートフォンから利用するブログやソーシャルメディアはとても有効な手段と言えるでしょう。

 既にインターネットには無尽蔵な情報が存在しており、必要な情報の分類によって、知識を形成することができます。また観察や体験も、ブログやTwitter、Facebookといった方法で記録することで知識となり、他のインターネットのユーザーと共有することができます。

 しかしこうしたデジタルな情報手段だけでは、これまで述べてきた「知識」の域を出ず、この知識を生かしたひとり一人の観察と理解のプロセスを忘れてはなりません。スマートフォンで情報を読みながら現場を歩いたり、知識や体験を持った人同士で会話や議論をすることも、理解のプロセスを支えてくれます。これが、アクティブな学びとなるのです。

 最後に。

 若い世代では当たり前のように使われているスマートフォンやソーシャルメディアも、世代が変わるとまだまだ馴染みのない、よく分からない手段になっているままです。例えばデジタルな手段が使いこなせない高齢者の方々に対して、若い世代がデジタルから得た最新の知識を伝え、一緒に学ぶ場を作ることで、デジタルに対する世代間格差を乗り越える工夫が必要でしょう。

 あるいは、長年生きてきたからこそ知っている知識や体験を受け継ぐ貴重なチャンスにもなり、デジタルの知識を充実させる手段にもなっていくはずです。

助けあいジャパンは積極的に、被災地でのデジタルでの情報記録と、地域の人々との交流を進めている。

助けあいジャパンは積極的に、被災地でのデジタルでの情報記録と、地域の人々との交流を進めている。

松村 太郎 / ジャーナリスト、著者

1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、BBT大学講師。モバイル時代のライフスタイル、ワークスタイルを追求するほか、キャスタリアでソーシャルラーニングとデジタルアイデンティティについての研究とビジネス化をすすめる。 Blog: TAROSITE.NET / Twitter: @taromatsumura

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