2014年08月14日

僧侶の松下弓月さんに寄稿いただきました。ユレッジで、防災と心のケアについて、という難しいお願いに辛抱強く取り組んでいただきました。防災における仏教の役割を、現実的な解として、提示いただけたと思います。

こんにちは。僧侶の松下弓月と言います。今回は防災について仏教の視点から何か書くようご依頼をいただき、キーボードを叩いた次第です。

被災地1

依頼をいただいてから書くまでずいぶんかかってしまいました。何を書くべきか非常に迷いました。いったいどうするべきか考えながら、東日本大震災の発生からしばらくあとに被災地の支援活動を長くされているお坊さんのお手伝いをさせていただいた時のことを振り返りました。僧侶は炊き出しをして、一緒に来ていただく大道芸人さんや落語家さんには楽しみの時間を作っていただくという計画でした。二泊三日の行程で、南三陸町から牡鹿半島を回り、学校の体育館などに避難されている方たちにお弁当を配るなどしました。

そして、いくつかの場所を回る合間には、津波でボロボロになった庁舎や亡くなられた方々が仮埋葬された広場を訪ねてみなで読経しました。街がまるごと消え、残ったわずかな建物の屋根の上には車が乗っているというようなあまりに凄まじい光景に、ただただ圧倒された数日でした。

被災地2

そうやって考えてたところやっとのことで、その形は様々であっても災害によって生じるのは苦しみであること。そして仏教は私たちが生きている限り出会わざるを得ない苦しみを解決するためのものであるということに思い至りました。仏教を知る人にしてみれば当たり前のことのようですが、その当たり前のことが防災と仏教の接点となるように思います。

そこでこれからまずはじめに、災いを防ぐこととはどんなことなのかということを考えます。そして次に、仏教ではそうした苦しみをどう捉えているか。最後に、防災に関して仏教の視点から提案できるいくつかの案を述べさせていただこうと思います。

災いとは何かを考える

防ぐべき災いとは何か

被災地3

ではこれから、防災について改めて考えてみようと思います。防災と言った時に、私たちはいったい何を防ごうとしているのでしょうか。

広辞苑によれば、災いとは「(ワザは鬼神のなす業(わざ)、ハヒはその状(さま)をあらわす)障害・疾病、天変地異、難儀などをこうむること。悪いできごと。不幸なできごと。まがごと。災難。」です。「業」はなんらかの行為や行いという意味ですが、たたりや害という意味も含みます。つまり、鬼や神さまといった人間を超えた存在が、なんらかの理由で人間に対して害をなすために起こす様々な出来事、そしてその結果として人間が被る様々な困難、苦難ということです。

これはあくまでも言葉上の定義であって、なぜ災害が起きるのかを説明するようなものではありません。昔は災害が起きた原因を分析できなかったために、こういう超自然的な存在を作り出さなければいけなかった、と理解される方もいらっしゃるかと思います。私たち現代人にとっては、論理に基づく科学的な世界観のほうが馴染み深いところでしょう。

しかし、この定義には防災を考える上でとても重要なことが含まれています。それは、災害とは私たちが予測不可能な形で突然に生じるものだということです。

災いの予測不可能性

現代では災害がどのように発生するのかの研究が進み、災害に対する備えもこうした考え方が一般的だった時代よりも遥かに進みました。しかし、それでも災害を事前に予測することは困難なままです。

内閣府の防災白書では、災害として地震、津波、各種の水害、土砂崩れ、火山、雪、竜巻などが挙げられています。このうち発生が予測が可能なものがいくつあるでしょうか? 例えば、気象庁の竜巻発生確度ナウキャストでは、1時間以内に竜巻が発生する(またはすでに発生している)可能性を予測して発表しています。この予報では実際に発生した竜巻の60〜70%を捉えることができており、これだけ見るとかなり予測できているように感じられるところです。しかし、なるべく見逃しが少ないような予測方法を取っている分、予想そのものの的中率もわずか1〜5%しかないそうです。

他にも地震の予測に関しては、何月何日に地震が起こるという形で行うことは不可能だと言われています。このように、災いとは常に思いがけない形でやってくるものなのです。

予知能力を持たない私たちにできること

発生の予測が困難であるということは、対策を立てることも難しいということでもあります。トム・クルーズ主演の『マイノリティ・リポート』という殺人事件の発生率がゼロになった未来を描いたSF映画があります。この世界ではプリコグという預言者が殺人事件の発生を予知を行い、殺人が実際に行われる前に殺人を犯すはずだった人を逮捕することで殺人事件が発生しないようになりました。ところがある日、予知に基づいて犯人を逮捕する刑事であったトム・クルーズが、自分が犯罪を犯すという予知をされてしまい逃げ出すというお話です。

この映画のように、いつどこで何が原因となって災いが起こるのか知ることができたら、私たちも不幸な出来事が生じるのを未然に阻止することができるでしょう。しかし、現実にそのような願いは叶うはずもありません。この映画でも、この作品でも実はその予言に隠された秘密があることが明らかになっていきます。

予知や予言の力を持たない私たちは、どのような形にせよ望まない出来事に出会わざるをえない運命にあります。それに幸運にも、大きな災害に合わずに一生を終えることができる方もいるでしょう。しかしそれでも、また別の形の災いに出会ってしまうのが人間というものなのです。大きな災害に限らず、病気、事故、思い通りにいかないことなど形は様々です。なんらかの形で、ふいに訪れる不幸な出来事。それが災いなのです。

つまり、災いとは、私たちが生きている限りは出会わざるをえない苦しみのことと言えるでしょう。そしてそれは仏教が解決しようとしたことでもあります。それでは、仏教ではそうした苦しみをどのように解決しようとするのでしょうか。

苦しみへの仏教的な向き合い方

仏教ではものごとはすべて縁起の法則によって起きると考えます。縁起とはつまり、因果関係のこと。存在するものにはすべてそれを存在させているなんらかの条件があるということです。それは例えば、私たちが恐れるのは私たちがものごとが思い通りになるよう願うから。私たちが色々なことを求めるのは、私たちが欲望を持っているから、というようなことです。

それではいったいどうすれば苦しみを無くすことができるでしょうか。仏教では苦しみが生じた縁起の連続を逆にたどり、原因となったものをひとつずつなくしていくようにします。先ほどの例で言えば、恐れ→求め→欲望と流れをさか登っていき、欲望を捨てることで物事が自分の思い通りになるように求めることをやめ、求めることをやめることで恐れのない平安な心を手に入れることを目指すのです。

物事の原因と結果の関係をよく考えて、よくない結果につながる原因をひとつずつ取り去っていく。これが仏教の根本的な考え方です。

では、この縁起の考え方をどう防災に活かすことができるでしょうか。それは予測可能な部分に関しては問題の原因につながる原因を取り除くという具体的な行動を取り、それ以上の予測困難な部分に関してはそうした状況が引き起こす影響をできるだけ弱められる可能性のある準備をしておくということになるでしょう。

仏教を防災の選択肢に加える

災害ではいつ何が起こるか予測することが難しい分、特に状況を悪化につながりやすい部分に関してはいくつかの対策を考えておくとより実際に役立つ可能性が高くなると思います。災害時に受ける被害を少なくするためには、自助、共助が大切だということが言われています。行政による公的な支援は、規模が大きな分だけ公平な実施が求められるため対応速度が遅くなってしまうことがあります。そこで、自分を自分で助ける自助。そしてみんなで助けあう共助が必要性が指摘されるようになりました。規模は小さくても、その場の状況に合わせ迅速に対応することが緊急時には欠かせません。

私が提案したいのは、ここにもうひとつの選択肢を加えること。それは仏教を防災に利用出来る選択の一つに加えるということです。今回の震災でも様々な宗教団体が被災地に入り、支援活動を行ってきました。食料、生活用品を届けることや、瓦礫の撤去作業、そして傾聴活動など様々な活動が行われました。そしてその活動は公にも認められ、行政と協定を結び平時から災害に備える活動をするところも増えてきています。

例え普段から縁がなくても、困った時に頼ることができるのがお寺です。次に少しでもそうした備えになるものを三つご紹介したいと思います。

防災に役立つ、三つの方法

お寺を災害支援拠点に変える 未来共生災害救援マップ

まず一つ目は、場所としてのお寺を利用することです。

東日本大震災では交通のインフラが大きく損壊し、長時間に渡って交通機関が麻痺状態に陥りました。東北はもちろん、東京では電車が運休になり会社から帰宅できない方や、何時間もかけて歩いて自宅まで帰らなくてはならなかったということも珍しくありませんでした。

お寺の中にはそうした方たちが一時的に避難できるように、本堂などを解放して人を受け入れたところがあります。東京のあるお寺では食料品を用意して受け入れすることをSNSで伝えたところ、数百人もの人が集まったとか。被災地では避難所や支援活動の拠点となるなど、様々な形でお寺に人が集まりました。お寺など宗教施設は建築の形式的にも開放空間が多く、たくさんの人が集まることができる作りになっているため、災害時にも様々な用途にあてることができたと言えるでしょう。

未来共生災害救援マップ

そうした宗教施設の特徴を災害時に活かせないかということで創られたのが未来共生災害救援マップ(運営:大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム)です。こちらには全国にある約7万箇所の避難所と、約20万軒の宗教施設の情報が掲載されており、災害の発生時には各施設がどのような状態なのかを投稿することができるようになっています。その施設が被災しているのか、救援活動の拠点になっているのかなどの情報を登録・集約することで、災害が発生した時に支援が必要なのか、それともその場所に行けばなんらかの支援が受けられるのかどうかを簡単に知ることができる仕組みです。

災害時に宗教施設が避難所になっていたとしても、その情報を知る手段は限られています。しかしこちらのマップはiOSのアプリもあり、インストールしておけば何かの時に身近なお寺などでどのような救援活動が行われているかを簡単に知ることができるでしょう。緊急時に身を寄せる場のひとつとして、お寺などの宗教施設を考慮に入れる助けになると思います。

相互援助の関係性を作る つながり:hasunoha

次は仏教を使って助け合いの関係性を作ることです。

普段利用している様々なインフラが利用できない災害時には、人と人の助け合いの関係がとても大切です。東日本大震災でも被災された方たちの助け合い、そして多くのボランティアの方たちの献身的な行動に賞賛が集まりました。人を助けること。人に頼ること。普段の生活ではごく当たり前のことですし、災害時にはお互いに助けあう気持ちが強まるとも言われています。

しかし、時にそれはとても難しいこととなります。日常生活が破壊され、大切な人を失った時、それまで出来ていたことができなくなってしまうことも不思議ではありません。悲しい時、苦しい時には、ひとりで静かなところに身を潜めることも必要です。ですが傷ついた心身を癒し力を取り戻すための時間を得るためのこうした行動が、かえってマイナスの結果をもたらしてしまうことがあります。特に、近親者を亡くされたような場合、周囲から距離を取ることで様々な援助を得ることも難しくなりがちです。

そうした時に、頼りになるのがお坊さんなどの宗教者です。東日本大震災でも宗教者による支援が広く行われました。普通の人と少し違うところのあるお坊さんたちには人には言えないようなことも話せる、そう感じられる方たちもいるようです。

hasunoha

そうはいってもお坊さんの知り合いもいないしお寺に行く機会もないという方に試して欲しいのが、お坊さんに質問や相談をすることができるQ&Aウェブサイトのhasunoha(はすのは)です。hasunohaの特徴は相談の回答者が全員本物のお坊さんであるということ。しかも登録するだけで、無料でどんな相談にもお坊さんに答えをもらうことができます。たいせつな方が自死されその理由がわからないという方、気持ちをどう落ち着けたらよいかわからないという方、子育てに悩まれている方など、様々な相談が寄せられています。

また、こちらのウェブサイトには色々なお坊さんやお寺の情報も登録されていますので、相談して気になる方がいた場合には実際に会いに行くこともできます。

困ったことがあっても、誰にも言えずにそのままにしてしまうことは誰しもあることです。でも、言葉にしてみるだけで少し楽になることもあるものです。こうしたサービスが頼ることのできる関係づくりに役立つのではないでしょうか。

智慧:マインドフルネス

最後に少しだけ触れておきたいのがマインドフルネス瞑想です。

瞑想は仏教の修行においてもっとも大切なもののひとつです。瞑想、もしくは坐禅というと、長時間じっと座って足が痛いものを我慢するものというイメージを持っている方も少なくないかもしれません。しかし、近年になり瞑想が鬱病やストレスといった心の問題に効果があることがわかり、医療の分野にも取り入れられるようになりました。

なぜ瞑想が心に効くのでしょうか? 私たちは五感から入力された情報を処理して、どのように行動すべきかを判断しています。心の問題が生じる時は、この処理の部分がうまく行かなくなってしまったために、その場に合った適切な行動が取れなくなってしまうということが起こります。普段私たちは何かを感じると、すぐに反応するようになっています。普通はそれが必要なことですが、問題が生じている時にはじっくりと振り返ることが必要です。しかし、普段のなるべく早く効率的に処理し反応するモードになっていると、なかなかじっくり振り返りモードに切り替えられないのです。

ここで言うじっくり振り返りモードというのは、よく考える、というのとは少し違います。瞑想ではゆったりとした状態を保ち、自分の心身に何が起こっているのかをただ見つめることをします。瞬間瞬間ごとに変わっていく心の状態、普段は必要がないから忘れている服が自分の肌に触れる感覚。そしてそういったもの感じても、すぐに行動に起こしたりせずに、ただそのことを見つめて受け入れます。そうすることで、自分の状態をよりよく見て、私たちを即座に行動させようとする衝動に対する耐性を身につけることができるようになるのです。

瞑想の効果を実感するにはそれなりに時間も努力も必要ですし、それが毎日20分静かな時間を過ごせるように環境を整えることも欠かせません。災害に見舞われた時には、それよりも生命の問題、生活の問題が大事になるでしょう。けれど、災害からの復興は長い長い時間をかけて取り組まなくてはならないことです。その時に、自分の心身の状態をよく知り、安定を保つことはとても役立つことだと思います。

こうしたやり方には好き嫌いがあると思いますが、抵抗感のない方にはぜひ一度試してみて欲しいところです。

おわりに

ということで、これまで仏教の視点から防災について考えるところを述べさせていただきました。

災害という予測不可能な事態に見舞われた時に、私たちは大きな苦しみを得ることになります。それがどのようなものになるのであれ、できることから備え準備しておくことが欠かせません。今回ご紹介したことが、その役に立つようれあれば幸いです。

松下 弓月 / 僧侶

1980年生まれ。僧侶。福生山宝善院副住職。国際基督教大学卒、青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士前期課程修了。大学院を休学して修行へ。その後、超宗派仏教徒のためのインターネット寺院・虚空山彼岸寺に加わり編集長などを務める。現在、映画を宗教的視点から紹介するシネマ特別席に寄稿中(中外日報にて)。(写真:入交佐紀)

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