2015年08月09日更新
「情報の空白地帯」を埋める:一般社団法人情報支援レスキュー隊(IT DART)創立総会レポート
2015年3月、仙台にて開催された国連防災世界会議でIT DARTのワークショップに参加してユレッジにてレポートしました。8月8日、一般社団法人情報支援レスキュー隊(IT DART)が創立され、その総会とワークショップが…
2013年08月25日
ビッグデータがもたらす効用のひとつとして、「ひとりひとりに最適なデータ」を「リアルタイムで」提供できることがあります。広告配信や、販売促進においてビッグデータの活用事例が多いいのは、それらの効用と相性が良いためです。
「ひとりひとりに最適」「リアルタイム」という効用は、災害への対応の中でも有効に思われますが、どのような状況で活かすことができるでしょうか。
第一に、大規模災害の際に適切な避難誘導に使えるのではないだろうか、という期待がうまれますが、果たしてそうでしょうか。
人は正しいデータを見たとしても合理的に動くとは限りません。東日本大震災のあと「ひとたび山の方に逃げた自動車が、海岸線に近い住宅地に戻った」という分析が行われました。そのような危険な行為は、当然回避させたいものです。
しかし、「あなたの老親は、携帯電話の位置データによればいまは高台に買い物に出ているので、自宅にはいなさそうです。また、自宅に向かった場合、あなたが被害に合う危険性が高いので、いますぐ逃げたほう良いです」と携帯電話の画面に表示されても、「はいそうですか」とはならないでしょう。機械がいくらブーブー鳴ろうとも、人は無視し続け、一心に危険なエリアに向かうかもしれません。一方で、消防団の制服を身にまとった近所の米屋の怖い親父が、すごい剣幕で「ミキちゃんなにやってんだ!逃げろ!あっちだ!走れ!お母ちゃんはこの時間、買い物に出てるから大丈夫だよ!!」といえば、携帯電話がブーブーなるよりも逃げる可能性は高まります。災害発生時の混乱した状況のなかで、この差をデータの活用、情報通信機器の活用だけで解消することは難しいと考えます。
一方で、日々の防災教育という観点でデータを使うことは「めったに起きない大規模災害」が発生したとき、自分の判断で動けるひとを増やすはずです。本稿では毎日の暮らしの中で、ビッグデータを用いていかに防災への心構えを高めることができるか、という点を検討します。
検討は、3つの観点から行います。第一に、防災に関して意識する頻度を高めること。第二に、意識する際の真剣度を高めること。第三に、地域における取り組みを強化することです。
大災害に備えることは、なぜ難しいのでしょうか。その理由のひとつは頻度が非常に低いことがあります。わたしたちは、防災のことばかりを考えて生きているわけにもいきません。今週末が返済期限の借金に困っている人は、震災の危険性について考えることはまずないでしょう。むしろ、「地震でも起きれば、チャラになるかもしれない」などと不謹慎なことすら考えるかもしれません。幼い女の子がいる家庭であれば、地震よりも最近ウワサの不審者のほうが身に迫った脅威のはずです。
しかし、どのような人にも等しく災害は襲います。ずっと怖がり続けていても人生を楽しめませんし、まったく怖がらずにいれば災害が発生した際に人生が終わってしまう可能性が高くなります。
前者の心配し過ぎになることはさておき、後者の改善のためにはどのような取り組みが考えられるでしょうか。たとえば、折りにふれて「もしもいま災害が発生したらどうなるだろう」と頭に浮かぶ状況をつくりだすことができれば、それは「まったく怖がらない人」の防災意識を高めることになるはずです。
東日本大震災のあと、全国的に知られることとなりましたが、津波の被災地には「地震があったら津波の用心」の石碑があります。あれは石碑が折りにふれ視界に入り、防災意識を高めることを期待したものです。このような取り組みを、ビッグデータの活用によって、もう少し積極的に支援することは意味のあることではないでしょうか。
では、災害を意識する頻度を高めるために、どのような取り組みが考えられるでしょうか。ひとつは、もう少し頻度が高いできごとに、防災意識を高める機会を関連付ける、すなわち「あいのり」させることが想定されます。
まずは、ビッグデータとは関係なく、この考え方にもとづき行われた良い取り組みを紹介します。これは、夏休み中、「朝のラジオ体操」を防災意識の向上に結びつけた事例です。
宮崎市の小土小学校では、児童以外の近所の住民がラジオ体操に来ることを呼びかけています。小学校は避難所に指定されているため、ラジオ体操に行きがてら避難所へのルートを確認することが期待されているからです。また、これまでは近所であっても5つの地区ごとに別々の会場で行っていましたが、集まってラジオ体操をすることによって。地域住民同士が顔を合わせる機会の増大につながることが期待されています。
たとえ年に数回のラジオ体操であったとしても、「災害時に避難所に行かなければいけない頻度」に比べればとても高い頻度であり、「頻度の高いイベントに、頻度の低いイベントの予行演習を相乗りさせた」事例といえます。
このような取り組みをインターネット上のサービスに展開するとどのような取り組みが想定されるでしょうか。最近、自治体の中で、警察などへの通報にもとづき、「近所の不審者情報」を電子メールで配信する事例が増えています。近所での痴漢やひったくりの発生などを知らせるメールが、都市部ならば一日に数回送られてくることも珍しくありません。
冒頭触れたように、幼い女の子がいる家庭であれば、地震よりも不審者の出現を知らせるメールのほうが気になるでしょう。このようなメールに対して、本来の不審者情報と合わせて「もしもこの不審者が出たような時刻に大規模災害が発生したら、あなたはどこにますか?子供は一緒ですか?学校ですか?塾ですか?どのように迎えますか?どこに避難しますか?」というような心構えを尋ねる質問を投げかけてみてはどうでしょう。シンプルな取り組みですが、具体的な状況にもとづいた自問自答を促すきっかけになるはずです。
このような考え方のもとでビッグデータを活用するとどうなるでしょうか。異分野における活用事例を参考にしながら、防災分野におけるビッグデータが活用できる可能性を考えてみましょう。
たとえば、肥満対策におけるビッグデータ活用として、Weight Watchersという米国のサービスがあります。これは、スマートフォンを活用した「肥満にならないための習慣づくり」を目指したものです。たとえば、出張時のホテルを探しているユーザに対して、「ルームサービスのメニューの中に健康的なメニューが含まれているホテルをおすすめする」といった機能があります。「出張時のホテルの選定」といった、一見すると肥満回避とは関係のないような細かい振る舞いすら、肥満回避という目標に関連付けるのです。
このWeight Watchersの事例から得られる「その人の振る舞いにもとづき、リアルタイムで口出しをする」という要素は、ここまでに述べてきた「頻度の高いイベントに、頻度の低いイベントの予行演習を相乗りさせる」という取り組みと相性が良く、防災意識を高める上においても有効なはずです。渋滞に巻き込まれているとき、出張に行ったとき、乗りなれぬ鉄道に載っているとき、「もしも、いま災害が起きたらどうするか?」ということを尋ねることは、ひとりひとりが自律的な判断をできるようになる良い練習となるはずです。
前の項目では、「タイミングよく防災について意識する頻度を高める」ことを示しました。
では、防災に思いを馳せるときに、ぼんやりと「こわいわねー」と感じるのではなく、我が身に切迫するような危機意識を持つためにはどうしたら良いでしょうか。
たとえば、自分と似たような境遇の人が過去の震災でどのような被害にあったのか、どのようにしたら助かったのか、という情報を選択的に配信することができれば、その人に対する訴求度は高くなるでしょう。
これは、プロモーションの領域でよく使われている考え方です。また、商売以外の社会的な働きかけを行うシーンにおいても活用されています。アメリカ大統領選挙におけるデータ活用の事例を紹介します。
2004年のアメリカ大統領選挙では、ブッシュ陣営がマーケティングの手法を採用し、有権者をデータベース化して、データマイニングの対象としました。たとえば、「高等教育を受けた30~45歳の女性で、子供を持ち、公教育に対する関心が深い人」には、どのようなメッセージが効果的か分析した上でアプローチするなど、有権者を年齢・性別・関心事などで分類し、個人をターゲットに選挙運動を展開しました。
オバマ大統領が初当選した2008年の選挙では、フェイスブックやツイッターをはじめとしたSNSの活用が注目されました。候補者と有権者の関係構築や、ボランティアスタッフの組織化のために、SNSや独自のグループウェアが威力を発揮したのです。ここでも、「学齢期の子どもを持つ母親」といった同じ境遇の支援者たちを引き合わせ、積極的な政策議論させるなどして、より強固な組織化を図りました。
このように、自分の立場と近い人のメッセージや経験談には、より強くメッセージを伝える力があります。「身につまされる」度合いが強いともいえるでしょう。
東日本大震災においては、過去にないほど大量の震災被害に関するエピソードが電子データで残されています。これらを十把一絡げに防災教育に用いては効果が薄いでしょう。足の悪い老親がいる人のエピソード、双子の乳飲み子を抱えたお母さんのエピソード、同じ持病を持つ人のエピソード、などを似た境遇の人に対して選択的に配信することによって、防災への関心が高まり、震災に思いを馳せる頻度が同じであったとしてもより有効な知見となって記憶されるはずです。
あわせて、その人のソーシャルメディア上の活動から、防災に関する意識を垣間見るようなコメントが「一切ない」ということを一つの属性情報として取り扱うことも考えられます。他の地域における大きな災害が生じたときや、防災に関する大きな営みが行われている時にも、まったくそれに関心を払う様子が伺えないのであれば、「防災意識が薄い」といえます。
震災後、「震災ビッグデータ」と呼ばれる取り組みの中で、NHK のプロジェクトチームは、放送された原稿の内容を詳細に分析し、情報空白地域の可視化を行いました。これは「メディアカバレッジ分析」と呼ばれています。具体的にはNHK ニュースで触れられた地名を抽出し、「原稿に頻出する地名」のリストを生成しました。そのリストと、「死者・不明者に関する合計人数」を比較することによって、「被害が甚大であるにもかかわらず、報道される頻度が少なかった市町村」を割り出そうとしたのです。
同様の発想によって「データが無い」という情報によって、被害が甚大なエリアの推定を行うことができるのではないか、といった分析も行われました。発災から間がない時点において、被害の甚大度合いを評価するための指標として、「ある地域の沈黙ユーザが何時間継続的に沈黙しているのかの平均値(平均連続沈黙時間)」が有効ではないかという提案です。
このような取り組みを平時にも転用することによって、「防災意識が薄い人」への初歩的な関心喚起をおこなうこともできるのではないでしょうか。
本項の最後に、個々の人により強く訴えかけるための工夫について、選挙の世界でおこなわれた研究をひとつ紹介します。スタンフォード大学のベイルンソン准教授らによる研究です。この研究では、「候補者の顔写真に、有権者の顔を一見してもわからない程度の少量を合成することで、投票行動に影響できる」ことを示しています。投票者は自分の顔写真がわずかに合成された候補者、すなわち自分に少し似た顔の方に対して、投票する傾向が高まるという研究です。
選挙においてこのような技術が用いられるようになっては世も末でありますが、防災教育の一環としても顔画像を少し混ぜることが有用なのであれば、より「身につまされる」感を醸成するための取り組みにつながるかもしれません。「災害に見舞われている人の写真に本人の顔を混ぜたら教育効果が高くなった」という取り組みがでてきてもおかしくありません。
防災は、「市民の自助7割、地域の共助2割、行政の公助1割」と言われています。ここまでは、自助をより高度なものにするために、ビッグデータをどのように活用できるかを考えてきました。最後に共助・公助の高度化につながる事例をひとつ紹介しましょう。
災害対応への共助の中核として消防団があります。消防のための体制は、いわゆる「消防士さん」に代表される常勤の消防職員だけで成立しているわけではありません。本業を持ちながら火災が生じた場合には駆けつけるのが非常勤の消防団員です。消防団員は初期消火や、残火処理、避難誘導などを担っています。東日本大震災の際には、水門閉鎖などを行なっていた消防団員のうち254名もが犠牲になりました。
近年この消防団員の減少が問題となっています。全国にて、消防団員は1965年には130万人いました。しかし、2012年の時点で、非常勤の消防団員は約87万人にまで減少しています。共助の観点に立ったとき、消防団活動の強化は不可欠なはずです。
しかし、いきなり消防団に入るというのはかなりハードルが高いです。ここまで高くないハードルのものとで、共助への寄与を進める取り組みは考えられないでしょうか。
ボストン市では”Adopt-a-Hydrant”(「消火栓の面倒を見よう」の意味)という取り組みが行われています。ボストンは冬季には大雪が降るが、雪で消火栓が覆われ、どこにあるのか分からなくなってしまうという問題がありました。その問題を解決するべく、「市民が消火栓の除雪担当者として名乗りを上げ、雪が降った時には面倒を見る」ためのウェブアプリケーションが開発されたのです
これを実現したのは” Code for America”という、「エンジニアが行政サービスを改善するためにお助けをする」という非営利法人です。市当局が同様の取り組みを行うための財源に枯渇している中で、有用な取り組みといえるでしょう。
このような形で、防災を目的とした地域コミュニティの強化を図ることも求められるでしょう。
冒頭示したように、人は正しいデータを見せたとしても合理的に動くとは限りません。ビッグデータの可能性を否定するものではありませんが、まだまだ技術的にもノウハウ的にも未成熟な領域であるということを謙虚に受け止め、日常の中で効率的に防災意識を喚起する方法を考えて行くことが必要と考えます。
鈴木 良介 / 株式会社野村総合研究所 ICT・メディア産業コンサルティング部所属
株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部所属。情報・通信業界に係る市場調査、コンサルティング、政策立案支援に従事している。近年では、ビッグデータの活用について検討。近著に『ビッグデータ・ビジネス』(日経文庫、2012年10月)。総務省「ビッグデータの活用に関するアドホックグループ」構成員(2012年5月まで)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTビッグデータ応用領域領域アドバイザー(2013年6月~)。
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